芸術家は生き方や自己表現について模索し、彷徨する。鍋山さんもそのひとり。
独自の表現とは?どんなキャンバスに何を描く?
彼の生み出すキャンドルは、彼の歩んだ道であり、唯一無二の世界が詰め込まれている。
炎が灯され、消えゆくまでの佇まい…そのすべてが演出であるという。
本当の豊かさとは?
彼のキャンドルにはそんなメッセージがあるのかもしれない。
工房で制作したオリジナルキャンドルをイベント中心に出店販売しています(サイト販売あり)。また、企業や店舗向けにワークショップを開催したり、個人宅のキャンドル装飾をしています。
さらに、より多くの方にキャンドルを知ってもらうこと、生活の一部としてキャンドルを身近に感じてもらうことを目的に、キャンドルナイトを建設会社様とコラボレーションして4年が経ちました。そして現在では、都内の大型商業施設やデパートを含め、オファーがあれば、アウトドアイベントやフェス等、屋内外問わず幅広くキャンドルによる空間演出をお手伝いさせていただいています。
オートバイが好きで、よく仲間と出かけてはアウトドアやキャンプを楽しみ、その時にキャンドルを使っていたんです。キャンドルを入れていたガラスの器は自分で変形加工して作ったものでしたが、その中に使うキャンドルは市販のもの。自分でキャンドルが作れたらいいなと、ふと思ったのがきっかけです。
炎はよく1/fのゆらぎと言われ、癒しの象徴とされています。アウトドアのたき火の音、森の匂い、そしてキャンドルの炎…アウトドアの総合演出に欠かせない要素として、キャンドルがあると僕は思っています。僕がそうだったように、炎を見つめることで普段は見えない世界やものの考え方が浮かんでくることもあるのではないでしょうか。キャンドルだけで生計を立てるのは大変ですが、自分と向き合う陶芸のように、手で練りながら納得するまで模様を探っている時は、作品のことだけを考えていられるのでとても幸せです。
僕の親は建具屋をやっていたんですが、建具屋は寸法通りに加工する世界。決められた枠内に物をきっちり収めるのが僕は苦手で、手先が不器用なんです。そこで、答えのない自由な造形を求め、陶芸やガラスをしました。そして行き着いた先はキャンドル。物差しで測れない造形物であり、フリースタイルで描けるキャンドルは、自己表現に絶対不可欠なもの。
さらに僕のキャンドルは、人との出逢いや今までの道のりが全て反映されています。陶芸的要素である手びねりという特徴は僕の代名詞。それこそ陶芸で作品を作るがごとく、手びねりキャンドルは、ロウを練って練って成形して作ります。その手びねりをベースに、人との出逢いの中で、これからもずっと変化していくのが、僕のキャンドルなのかもしれません。
自営業をしていた時、仕事をいただくだけではなく、自分で能動的に何かを考えて作ったり、攻める制作がしたいと思っていました。そんな時、いろいろな出逢いが周りから舞い込んできてくれたんですが、その全てが僕にとっての転機です。
陶芸をしていたことで出逢えた「手びねり」という僕のキャンドルの特徴もその結果。友人のジャズライブでキャンドル装飾をすることになったり、そのライブに来ていた手ぬぐい業者さんと話していて手拭いキャンドルが生まれたり、地元富士の情報誌がきっかけで静岡伊勢丹の天空カフェや東京三越の催事に出展することになったり…僕は人に恵まれているのかなと、いつもありがたく思っています。
安定して綺麗に燃えるキャンドルを作り、それが燃えた後、器の形がしっかり残るものであることですね。崩れたり、ロウが漏れたりしないものです。一度灯せば燃え続け、電力もいらないキャンドルは、器の状態でも多肉植物を飾ったり、再生したり、災害時にはライフラインになったり等、二次使用ができます。
手びねりキャンドルは濃淡様々な色を使います。色によって燃えやすさが変わるんですが、芯の太さを調整して綺麗に燃えるよう工夫しています。それも全てはお客様に炎の揺れや色の表情を体感してもらうため。手びねりキャンドルは持った時の雰囲気や、釉薬を塗ったことで偶然出現するような独特の模様を楽しんで欲しいですね。素材であるパラフィンは敢えて市販のものを使っていますが、いかに今ある素材で表現力を高めるかということに取り組んだ僕の姿勢の現れでもあります。見た人や使ってくれた人が、ロウでここまでできるんだと驚いてくれれば嬉しいですね。
イメージが沸いてキャンドルを作っている時と、森や海、山といった自然の中に身を置いて、土や葉、樹木や小さな生物から刺激を受けている時。
後はお酒を楽しんでいる時ですね。
人々の生活の中で、キャンドルが当たり前のように使われるようになることですね。昔ながらの情緒深くて風情のある文化的生活が、日本で見直されて戻ってくれば嬉しいですね。江戸時代まで、日本の灯りは菜種油やろうそくを使った行燈(あんどん)でした。
現代ではLEDや蛍光灯の功罪か、日本の家の中は明る過ぎます。さらに携帯ゲームやスマートフォンのブルーライト…これでは脳が休まる暇がありません。キャンドルが、灯りという存在を考えたり、情緒的側面も含めて昔の文化が見直されるきっかけになればいいなと思います。キャンドルは本来、生活に必ず存在したものですから。
便利であることに流されず、苦労を避けずに何かに取り組まれてはいかがでしょうか。生活する上で、苦労はどこにでもあります。手間をかけるところに豊かさが隠れているので、苦労はむしろ創意工夫して楽しむものだと思います。
今はコンビニがあるので、料理をせずにお弁当を買う人もいますが、創意工夫は日本人の専売特許ですし、作ることは文化です。自分の手でキャンドルを作ることも、料理を作ることも、心の豊かさにつながっていくと僕は信じています。
(取材協力:CHABI)
「富士山」
手びねり角柱「虹」
ヘナタトゥー「蓮」
「Jupiter」
手ぬぐいキャンドル[富嶽三十六景 赤富士」
手ぬぐいキャンドル[ねじ梅」
手ひねり山型「黒い帯」
グラデーション「Pale」
鍋山純男さん
キャンドルアーティスト。FUJI CANDLE代表。富士市・富士宮市を中心にライブやブライダル、パーティー等の空間演出、企業向けのディスプレイも手掛ける。陶芸やガラス工芸の制作経験を活かした唯一無二のオリジナル蝋燭を制作。"蝋飾人"として活動中。
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