スペシャリストインタビューVol.34 ヴォーカリスト 鈴木重子さん


ある時は無防備な少女、またある時は、知性能で動く淑女。そしてある時には分析的な科学者となり、解放された芸術家となり、その独特の声色で語るように歌う重子さん。
流れに逆らわず、抗わず、しかし流されることはない。
しなやかな稲穂のように、たおやかで洗練された彼女は、柔らかく、諭すように、アレクサンダーテクニークを説く。彼女に表現される、あたらしい『自分の整え方』は、彼女自身を救ったからこそ、彼女によって語られるべきものだ。

 

 

 

 

重子さんと音楽との出会いは? 

ヴォーカリスト 鈴木重子さん

小さい頃‥確か弟がもういたので3、4歳くらいの記憶でしょうか。鮮明に覚えている画があります。

月光が欄間から射し込んでいる畳の間で親子で寝ている時に、母が歌ってくれたモーツァルトの子守唄。お母さんはなんて歌が上手なんだろう!こんなに私も上手になるかなぁと子供心に思っていました。大人になって聴いてみたらそうでもなかったんですけど(笑)。
子供にとってはお母さんの子守唄が一番素晴らしい音楽だと思うので、電子音やゲームの音ではなく、最初に聴いた音楽が母の歌だったことはラッキーでした。小さな頃から生の楽器や生の声の音楽を聴くことは、その後のその子の成長にとって大事な意味があると思います。

 

 

 

歌う上でのこだわりは?

 歌によって伝えたいメッセージは様々。その情景をクリアにすることが歌をいいものにすると思います。

歌を歌うことは、お話をすることと同じ、コミュニケーション。
例えば愛を告白する時に露呈する無垢な正直さ。「あなたのことが大好きです!」と、自分が一番大事にしていることを相手に聞いてもらう無防備さ。どんな歌を歌う時にも、心を開いて何かを『伝える』ことを大事にしています。

 

 

 

歌の練習の時に意識することは?

ヴォーカリスト鈴木重子さん

音階練習であっても、意味があると思って歌うようにしています。ピアノの片隅にある人形に向かって「今日は元気?」と尋ねるつもりで、ドレミファソ♪と歌うとか(笑)。先生が天国へ旅立った日には、その方に向けてのレクイエムとして発声練習をしました。毎回歌う度にどなたへのメッセージなのかを具体的にイメージしています。練習のための練習だと歌が硬くなってしまいますし、上手くなる為だけに歌うと、「私は上手いです」というメッセージを伝えることになってしまう。それは私の歌いたい歌ではないし、音楽の本質とは違うと思うんです。歌うことで何を伝えたいのか。そのメッセージを意識して技術を練習するようにしています。

例えば平和の歌を歌うときには、ここに命を守りたい男の子、向こう側に銃器を持った兵士がいると具体的にイメージして、「この子の命を助けてください!」とその兵士に向かって歌う、というふうにします。そうすると、歌が活き活きして説得力が出てくるのです。

 

 

 

ヴォーカリストとして大切にしているものは?

ヴォーカリスト 鈴木重子さん

リアリティでしょうか。伝えたいことを、いかに体現しているか、ということ。
悲しい歌を歌う時に、悲しそうに歌うと「悲しそうな歌」になってしまいます。悲しい人は泣きたくないんですよ。幸せになりたいのです。悲しい気持ちになろうとするのではなく、悲しみを引き起こすような物事を自分の外側にイメージすることが大切。演劇と通じるところがありますね。

 

歌は声が振動してその人の体の中で共鳴するものですから、歌う時には自分の状態がそのまま、歌に現れるのではないでしょうか。

 

 

 

 

 

講師をされているアレクサンダー・テクニークとはどういうものでしょうか。

ヴォーカリスト 鈴木重子さん

人の体は有機的で理にかなったはたらきをしています。不要な緊張や固まりは自分が起こしているもの。それらを手放して、ナチュラルで楽な動きを取り戻すことを学びます。ひとはもともと、優雅でバランスの取れた、こころとからだの使い方ができるという考えの元に、アレクサンダー・テクニークは成り立っています。

演劇や芸術の世界では幅広く学ばれる方法でもあり、さらにスイスやイギリスでは腰痛の治療に対して保険適用で使われることもある程、西洋ではよく知られています。
ムダな努力をやめた結果、リラックスや平常心を手に入れることができて、さらにパフォーマンスが上がる。精神論とか気とかいったものと、科学的なものとの架け橋的なものがアレクサンダー・テクニークだと私は思います。
自分自身、ギックリ腰で声が出なくなった時に出会ったこのテクニークに救われたひとり。自分を緩めることを体で学べたことで、か細い声でいい子ちゃんが歌っている歌から、体の全部が楽器のような‥心のヒダが流れに乗るような、感情が乗った歌に変わったような気がします。説得力や深みが増したとの声をいただきましたが、アルバムの3枚目と4枚目がその境。売上げが10倍も違うんですよ(笑)。

 

 

 

 

ヴォーカリストになったきっかけは?

ヴォーカリスト鈴木重子さん

小学校では合唱部に入り、高校まではクラシックの声楽を学んだり、バンドでベーシストをしたりして音楽に関わっていました。大学の軽音楽サークルでは、最初キーボードを弾いていたんですが、たまたま男の子のヴォーカルが歌えない高いキーの歌をやることになって、ジャンケンで負けた私が歌うことになったのが、ヴォーカルをはじめたきっかけです(笑)。ジャンケンで勝っていたら私の人生は違っていたかもしれません。東大生として周りの期待や試験、競争の波に揉まれて潰れそうになった時、唯一見えた光が歌でした。歌っている時間だけは生きている実感があり、とたんに周りの香りや色に気づくんです。司法試験の合間に、趣味と実益を兼ねて月に1回ライブハウスで歌っていたんですが、行く先々で喜ばれて仕事が増えてゆき、気づいたら大学の初任給くらい稼げるようになっていました。歌で暮らせるのであれば、偉くなるよりも私が幸せな道を進もうと思って就職はせず、歌手になりました。
自分にとって幸せなことをやって、それで周りのみんなも幸せになって‥そういう幸せの循環の中で生きていきたいと思ったからです。
不思議だったのは、そう決めてから半年後、音楽事務所の社長さんが気に入ってくださって、メジャーデビューすることができたこと。自分が何かをやろうと決めた時、そこに何かがついて道ができる偶然は、ひとの意志が引き起こすものであるのかもしれません。

 

 

 

 

 

印象に残る出会いは?

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1人は、歌い手で恩師でもある村上京子さん。大学でJazzヴォーカルをしている頃、歌を習っていました。ご主人はピアニスト、息子さんも歌手。彼女の周りはいつも音楽に溢れていて、常に幸せそうで楽しそうなんです。「私はとにかくやりたいことをやって過ごしているから、夜寝る時に私はいつ死んでもいいって思うのよ」と言っているのを聞いて、人はこんなにも幸せに生きられるんだと思いました。当時私は司法試験に合格するために、人参を目の前にぶら下げられた馬のように勉強していましたが、彼女は、「毎日人参を食べる人生に転換してもいいんだよ。」と気づかせてくれた生き証人なんです。

もう一人は、10年前にレコーディングをご一緒したトゥーツ・シールマンスさん(Jazzハーモニカの第一人者)です。一緒に演奏してみて、彼自身の人間性や音楽性の広大さ、偉大さに圧倒されました。私がどんな歌い手であっても、共に音を出すことで素晴らしい音楽を創り出していく懐の深さ。今思い出してみると、その共演で、自分がどうなりたいかのビジョンが見えた気がします。トゥーツは、私の歌、私自身未知である領域の歌を引出してくれたのかもしれません。 

 

 

 

今の活動は?

自分が幸せになることをして、その結果みんなに幸せになってもらうという「幸せの循環」の中で、生きていきたいと思っています。歌うときには、聴いてくれている人の幸せを願って歌う。10年ほど前から、音楽家として世界のために何ができるだろうと考え、病院に歌いに行ったり、障害がある人の施設に行ったりするようになりました。2010年には、世界中の戦地から、平和についての歌を集めるプロジェクトでウガンダに行きました。地球上の生きとし生けるものの、命の輝きが増すようなことを続けていきたいと思っています。

 

 

これからの夢を教えてください。

ヴォーカリスト鈴木重子さん

それはもう、世界平和です!(笑)。

生きているうちに叶わなくても、いつか、戦争や暴力で亡くなる人の消える日が来ること。大きな夢すぎて笑われるかもしれませんが、本当に一番大きい願いです。

身近な夢としては、アレクサンダー・テクニークをなるべく多くの人に伝えること。自然がたくさんあって、居心地の良い場所で、自分の命の不思議を探究したい人達のためにアレクサンダーを伝えたり、歌を歌ったりすることですね。

それから、近いうちに紛争地にもう一度行きたいです。紛争地で歌われている歌を、紛争のない場所に住む人達に聴かせたいと思っています。日本は平和にみえますが、一国の内戦で亡くなる数と匹敵する、年間3万人もの自殺者がいる国でもあります。戦争が外では起こらずに心の中で起こっている状態。そうした心の闇を癒す助けになるのが、実は、実際に戦争を経験した人たちの声を親身になって聴くことだということに、私は気づきました。ウガンダで紛争を生き延びた人の話を聴くうちに、私はなぜか元気に、生き生きした気持ちになったのです。命の瀬戸際にあると、何が大切で、何が気に病む必要がないことなのかがハッキリする。容姿、社会的地位、収入‥そんなことよりも、とにかく命があって、みんなが生きていて繋がっていることが大事なことだということがクリアに見えてくるんです。それを、生の声で伝えていきたいですね。

 

 

 

読者へのメッセージ

‘Do one thing different.’何かひとつ違うことを始めよう、という言葉。違う自分を見つけたければ、大きい効果や動きでなくてもいい、何か小さな新しいことを始めたり、学べたらいいのではないかと思います。そうすることで今までとは違う人生の見え方が見つかるかもしれませんね。

 

 

重子さんにとって歌とは?

歌とは自分に意味があることを教えてくれるものであり、人とより深く繋がるものであり、喜びを見つけるもの。自分の真実を発見するもの。歌は私の「道」なんです。

その道は歩いても休んでも、時々はずれてしまってもいいんです。ただ、踏み出す一歩は常に新しいこと。それが続くことで私の道がつくられていくと感じています。

 

 

ヴォーカリスト鈴木重子さん

 

 


 

PROFILE

ヴォーカリスト  鈴木重子(すずきしげこ)さん

いのちの響きをつむぐ歌い手。幼い頃からピアノや声楽に親しみ、東京大学在学中に本格的にボサノヴァ、ジャズヴォーカルを学ぶ。卒業後も司法試験への挑戦と、歌の活動を続けながら、自身の歩む道を模索し、ヴォーカリストの道を選択。さまざまなジャンルの曲を、独自のスタイルで表現し、最新作の11枚目のアルバム”with you”(ソニーミュージック)は、ピアニスト木住野佳子とのデュオ。平和の歌を集めるプロジェクト“Breath for Peace”の発起人であり、紛争の地、ウガンダ共和国を訪問。2012年、朗読CD“あかり”をリリース。リードオルガンとの共演CD「リードオルガンに夢をのせて」に参加。すべての生命に響き合う唄を求めて、学校、病院など分野を越えて活動し、ヴォイスや表現、アレクサンダー・テクニークのワークショップ、講演なども行っている。

 



鈴木重子ウェブサイト http://www.shigeko.jp/

 

 

 


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