vol.17 琉球伝統歌舞集団 琉神 主宰 鈴木一行(すずき いっこう)


海の男を思わせる精悍な顔立ちと太陽のような眩しい笑顔。
「全ての身体を動かして、精一杯のものを見てもらうだけ。」
琉球伝統歌舞琉神を率いて自らを表現している鈴木一行さん。沖縄での人との出会い、
自然への尊敬から得たチカラは伝統文化だけにとどまらず世界を舞台に走り続けている。
みんなに楽しんで生きるパワーを感じとってほしいという想いがその根源にある。

 

 

現在の主な活動内容を教えてください。

鈴木一行さん-画像

コンサートは静岡、東京、浜松、敦賀などで年に2~3回。また、学校公演や教室も開催し、ミニライヴなどは年に60公演ぐらいですね。年に何回かは夏川りみさんや古謝美佐子さんとのコンサートで踊っています。海外は、イタリア、フランス、スイス、チュニジア、ルクセンブルクなどで公演しましたね。来年1月には、台湾での公演も決まっています。

 

 

なぜ静岡生まれなのに沖縄という地を選んだのですか。

一言で言うと、「そこに沖縄があったから」。大学進学の時に迷っていた私に友人が「沖縄」という言葉を口にしたんです。その時、ここしかない!と思ったんです。直感でしょうか。あの時沖縄に行っていなかったら何をしていたんだろう?と思うけど、結局まわりまわって同じ事している気がします。

 

 


 

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鈴木一行さん-画像

エイサーとはどのようにして出逢ったのですか。

沖縄では米軍基地やライヴハウスでセミプロとして2年くらいロックバンドの活動していました。私のバンドは人気がありましたよ。ま、今はベースから三線になってしまいましたけど。(笑)大学4年の頃、新しく作るテーマパーク(おきなわワールド)でエイサーの団員を募集していることを知りました。沖縄の太鼓には依然から興味があったのですが、地元の青年会でなくては認めてもらえない世界。公募なら、と思い切って応募したら合格。それが出逢いですね。

 

 

琉神を立ち上げたきっかけは?

おきなわワールドの5年間で、もっと表現したいという気持ちが強くなったときに、一緒にいた参謀だった人間をつれて、沖縄で新しく作った団体が琉神です。背中を押してくれたのは海でした。沖縄の海は、日が昇り、沈むところなので、太陽の印象が強いんです。もともと海は好きだったんで、よく見ていました。自身をキレイにしてもらった感じ、浄化ですかね。眺めていると雑念が取り払われていくんです。ヨッシャーではなく、何が大事なの?自分がしたいことは何なの?という部分が研ぎ澄まされていきました。それが立ち上げる少し前の28~29歳くらいのころ。「沖縄を離れなくてはならないこと」、「今までの生活を手放すこと」。決心させてくれたものが海でしたね。それがなければ沖縄でサラリーマンやっていたと思います。(笑)

 

鈴木一行さん-画像

舞台に立つ時に大事にしていること、心構えを教えてください。

ステージ前には必ず全員で、島まーすーという塩を用意します。手をとりあい集中して、特別ではなく今までやってきたまま、それを出して楽しんでもらおう。沖縄の言葉で「いちゅんどう(いくぞー!)」「おー!」と気合を入れて塩をなめます。テンションが一気に上がり、切り替わる瞬間に全員の顔が変わりますね。まさにプロ。全身にアドレナリンがまわって、完全な麻酔状態。一気に身体中の汗腺がシュッと閉まるんです。

 

 

沖縄の好きな言葉を教えてください。

「ゆいまーる」(結いまーる)=助け合うココロという意味の言葉があります。お互いを助け合いながら生きて行くといういい言葉。歴史の中で虐げられてきた民は、お互いを助けあわないと生きていけなかったんです。「いちゃりばちょおでぇ」=出会えばみんな兄弟。簡単な言葉ではないんです。本当にお互いが生きるか死ぬかのところを生きてきているから、お互いが助け合う、分けあっていかないと生きていけない。だから隣の人は兄弟なんだよ、という言葉。深い意味のある沖縄の言葉です。

 

ご自身の今後の目標・夢

鈴木一行さん-画像

海外での活動をもっと増やしていきたいです。日本文化が届いてないところには見てほしい、と非常に思いますね。日本でもただ公演するだけじゃなく、地元の和太鼓団体などの人たちと一緒に楽しめることをやっていきたいです。それから教室を全国に広げて行きたいですね。今年で活動10年。まだまだこれからです。

 

 

ならいごと.jp読者へのメッセージ

自分はきっかけであって、みなさんのチカラを借りながらやらせていただいているだけなんです。それは常に肝に銘じ、それは絶対忘れてはいけない、と思って生きています。コンサートなどでは精一杯のものを見てもらっているだけなんです。そこから生きるパワーを感じとってもらえれば一番うれしいですね。

 

ご自身にとってエイサーとは

たまたま出逢った表現するものですかね。人生のすべてではありません。太鼓だけでなく、いろんな芸能を伝えながら表現しているので、エイサーは、ステージでお客様が楽しんでいただくもののひとつですね。自分にとっては、沖縄の新しいパフォーマンスをする大事な表現方法です。


 

PROFILE

鈴木一行 すずきいっこう
静岡市出身、大学進学とともに沖縄へ。沖縄で音楽活動を行っていたが、沖縄の文化、音楽に目覚め、エイサー、三線を始める。2001年に「エイサーチーム琉神」を立ち上げる。全国活動を行うために、静岡市を拠点とする。現在、主宰としてチームの取りまとめ、舞台構成、若手の育成等を行いながら、現役のアーティストとしても琉神の中心として活躍している。


琉神 http://ryujin-web.com
取材協力 わした静岡店 http://www.washita.co.jp/info/shop/shizuoka/index.html